辣油の四方山記

現代を生きる若造の主に読書記録。その他の事も書くかもしれない。

#40 『五輪書』感想

宮本武蔵五輪書岩波文庫

これもずっと前から読もうと思っていた本。最近同じような趣味を持つ友人と偶然出会い、色々話して思ったのだが、私の読書量など屁の突っ張りでもない。薄々気付いていたことであるが、実に良い刺激になった、ありがとうございます。で、読みたい本はバシバシ読むことにしたのだが、また忙しくなってしまった…拍子が悪すぎる…(元ネタは『五輪書』)。読む前にワクワクするとか、アレもコレも、というのは結局一冊も読めないことが分かったのでそういうものも要らんのだ。俺はこれからも読むぞ。そんでは本題。

この本、岩波書店のページで見ると、宮本武蔵 著となっていて思わず笑ってしまう。確かに宮本武蔵が書いたけども…という感じ。全体は地水火風空の5つに分かれており、それぞれ内容が異なる(当たり前か)。

兵法の道、二天一流と号し、数年鍛錬の事、初而書物に顕はさんと思ひ〜

という書き出しで始まる。この二天一流という言葉は中々有名であろう。以前読んだ漫画、板垣恵介先生の『刃牙道』でもスカイツリー地下で宮本武蔵のクローンが作られた、という話があった。漫画では宮本武蔵が現代を生きる地下ファイター達と戦いを繰り返すのだが、作品自体相当『五輪書』を叩き台にしていることが分かる。一々確認するようなことはしないが、実際確認しても相当数あるはずである。

少し話が逸れた。この本を読んでいてまず思ったことがある。勝ちへの執念が恐ろしく強い、ということである。勝つためには手段を選ばない、という定型句のようなものがあるが、正にその通りである。勝って相手を斬る、このことが宮本武蔵を貫いている。21世紀に生きながら武蔵がこの書を著した17世紀の血生臭さがありありと伝わってくる。私は特に日本の古典が好きなのだが、そういう意味でこの本は古典の醍醐味を非常に高い水準で読者に提供してくれる。やはり血や死というものをそれこそ浴びるように潜り抜けてきた宮本武蔵のなせる技なのであろうか。情景描写は殆どない。しかしここに書かれているのは確かに「相手を殺すための技術」であり「自分を殺しに来る相手の観察記録と対応方法」なのである。それだけで十二分、『徒然草』や『源氏物語』など足下にも及ばぬ臨場感であった(あくまで臨場感であって文学的意義などではない)。

五輪書』をただ兵法書として扱うのは忍びないことであろうと思う。この現代にも響く名句も多い。

千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす。(p.75)

兵法の道をつねに鼠頭午首とおもひて、いかにもこまかなるうちに、俄に大きなる心にして、大小にかわる事、兵法一つの心だて也。(p.108)

鍛錬に関する上の記述などはいつの時代にも努力を怠らないことの重要性を伝えるものではないか。「継続は力なり」というありきたりな言葉が嫌いな私にはよく響いた。鼠頭午首というのは鼠の持つ細心さと牛の持つ大胆さを兼ね備えよ、との教えらしい。「大胆かつ繊細に」という感じだろうか。まあ鼠頭午首の方がイカすので明日から座右の銘にしますね、はい。

敵の心になき事をしかけ、或は敵をうろめかせ、或はむかつかせ、又はおびやかし、敵のまぎるる所の拍子の理を受けて、勝つ事(p.124)

私もこれからどんな人に出会うか分からないからこれくらいの心構えが必要なのだろうか。胸に留めておく。

最後に、『五輪書』最終巻、空之巻の締めの部分からの抜粋。いつの時代も努力が必要なのだと改めて知らされた。読んで良かった。

武士のおこなふ道、少しもくらからず、心のまよふ所なく、朝々時々におこたらず、心意二つの心をみがき、観見二つの眼をとぎ、少しもくもりなく、まよひの雲の晴れたる所こそ、実の空としるべき也。