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辣油の四方山記

現代を生きる若造の主に読書記録。その他の事も書くかもしれない。

#13 「仮面の告白」感想

読書感想文

f:id:sykykhgou:20160416163938j:image三島由紀夫仮面の告白』 新潮文庫

三月末から読んでいた本をやっと読み終えました。私にとっての三島由紀夫先生の2作目、先生にとってはデビュー作とも言える「仮面の告白」です。この作品はほぼ自叙伝ともいえるものですが、幼少時に従姉妹が主人公のことを「公ちゃん」と呼んでいるので分かりました。遅いですね。本名は平岡公威ですから。この作品は私が嘗て通っていた学校の先生に冗談交じりに薦められたものなのですが読んで正解だったと読み終えても思いますね。先生だけでなく読書好きの友人にも特に薦められましたし、これは読まないわけにはいかない。

幸いにも私には男色の気は全く無いので三島の嗜好を深く理解することはできなかった。しかしこの不理解こそ三島の苦悩をより鮮明に私に感じさせたのは確かなように思います。聖セバスチャンの殉教から完全にその趣味の自覚が始まったというのも(そういう方には全く失礼な話ですが)私には面白いものでした。因みに「聖セバスチャンの殉教」はこれ、二枚目は三島の趣味で撮った写真でしょう。f:id:sykykhgou:20160416165111j:imagef:id:sykykhgou:20160416165121j:image
三島はボディビルをやっていたという話をどこかで読んだ気がするのですが全て幼少期から始まる、貧弱な自分の容姿への嫌悪、逞しい青年への性的な憧れ、憧れから似たいと思う心から来ているというのもあるでしょうね。
そして随所随所に見られる化学方面での例え、文学の中にその様なものを用いる作家は中々いないのではないでしょうか。そういうところに真に東京大学法学部の教養といったようなのを感じる。僕の考え過ぎですね。
ここに来て気付きましたけどこの作品、感想を書くにはあまり向いていないように感じますね。感想も何も「さぞ辛かったんだろうなあ」くらいのもんです。流石にそんな事もありませんが。
私は学生の時、自分は本当にその気が無いのか、ふとすればそっちの世界に踏み込んでしまうのではないかと恐れていた時期がありました。その時にそういう趣味のある動画を見たのですがそっちの方向に"不能"だったので心から安心したのを覚えています。大多数の人間はこうあるのでしょうが三島には自刃で終えた短い生涯の中にもそういった安堵、自分は多数派なのだという自信はなかったのでしょう。しかもそういった瞬間だけでなく普段より女性に興味が無いというのは長時間、間髪も入れずに責め立てられているのと変わらないのではないか。そう考えるとその我々には決して解することのできない葛藤の辛さがより伝わってくるようだ。
毎度陳腐な締め方をしてしまうが、また一つ、この本を読み終えたことで自分の中の何かが涵養されたことを嬉しく思う。教養、懐の深さを得たい。