辣油の読書記録

現代を生きる若造の主に読書記録。その他の事も書くかもしれない。

#47 『浮世の画家』感想

カズオ・イシグロ浮世の画家早川書房

はい、これを読みました。元々原作を読まれていた方がどう思ったのかは分かりませんが、先日やっていたNHKのドラマは大変良かったです。少なくとも私はそう思いました。主人公の小野は渡辺謙が演じており、読んでいる最中も小野の発言は全て渡辺謙の声で聞こえてました。ドラマがいくら良かったとはいえここまで影響があると流石に…という感じですね。

この作品の主人公である小野益次は戦前、日本の戦意高揚に寄与するような絵を描き評価を得た画家。舞台は戦後3,4年、戦後になった途端社会から自分への風当たりが強くなり色々な所で非難するような言動に出会っている。小野への風当たりが強いのは社会だけではなく、家族からも強くなっている。長女の節子は素一という旦那の元へ嫁いでおり、次女の紀子の縁談はこれからというところ。そして長男の賢治は戦死した。そういう状況の中で小野は次女の縁談を進めていたのだが、急に破談となり話が流れてしまう。その後2人の娘からは常に何かを示唆するような言動を受け、小野自身、自分が過去にしたことは全て過ちだったのかという考えを巡らしていく。かつては才覚ある若者として工房で輸出用の絵を描いたり森山画伯の弟子として自らの腕を磨いたりしていた。それが松田という男と出会い、画家も国のために尽くすべきではないのか、と考えるようになる。この辺りで師匠の森山とは決別し、プロパガンダ画家としてその名を大いに上げ、その当時の社会的風潮から大いに評価を得ることとなった。これが小野の過去である。しかし先にも触れた通り、小野への風当たりは戦後踵を返したように強くなり、多くの若者を戦地に送り死なせたにもかかわらず現在のうのうと暮らしている犯罪者の一人として数えられることとなる。そんな中での縁談の破談。次の縁談の相手は斎藤博士という著名な美術評論家の長男、太郎であった。この家との会食の席での小野の発言を以下に引用する。

我が国に生じたあの恐ろしい事態については、わたしのような者どもに責任があると言う人々がいます。わたし自身に関する限り、多くの過ちを犯したことを率直に認めます。わたしが行ったことの多くが、究極的には我が国にとって有害であったことを、また、国民に対して筆舌に尽くしがたい苦難をもたらした一連の社会的影響力にわたしも加担していたことを、否定いたしません。そのことをはっきり認めます。申し上げておきますが、斎藤先生、わたしはこうしたことを事実として極めて率直に認めております(p.185)

この発言以降縁談はトントン拍子に進み、次女は結婚することとなった。

しかし作中の至る所に見られるが、小野は当時、確かな信念を持ってその道を突き進んでいたということも自ら認めている。この過去についての社会との認識の齟齬とどう向き合っていくのか、というのも一つ作品を見る上でも面白い点だと思う。