辣油の読書記録

現代を生きる若造の主に読書記録。その他の事も書くかもしれない。

#44 『タコの心身問題』感想

ピーター・ゴドフリー=スミス『タコの心身問題』 みすず書房

この本が出版された時からそうですが、人気の熱が冷めやらないようで最近もかなり話題になっているようですね。トークセッションなどもあったようだし。この本では、人間や犬が持っている心や意識といったものとは全く別の道を辿って進化してきた心・意識にスポットが当てられている。よくある進化の木の図において、現在存在している全ての生物は最末端に位置していると言える訳ですが、「心」に注目するならば人間や犬などが持っている「心」は同系統のものだということができる。しかしこの系統の幹とは全く別の幹から枝分かれした最末端、我々と同じものかどうかは別として我々と同じように「心」を持っているのがタコであるという。もう既にアツい。タコは我々人間とは全く別の幹からやってきたために我々とは認識の在り方その他が根本的に異なっているのではないかという問いに立ち、この本は進められていく。実に面白い観点。

頭足類を見ていると、「心がある」と感じられる。心が通じ合ったように思えることもある。それは何も、私たちが歴史を共有しているからではない。進化的にはまったく遠い存在である私たちがそうなれるのは、進化が、まったく違う経路で心を少なくとも二度、作ったからだ。頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験だろう。(p.10)

上で引用した文章を裏付けるような、タコに関する数々の逸話が本書には挙げられている。特定の研究員が水槽の側に近付いた時だけ水をかけるタコ、照明に水を噴射してショートさせることで照明を消すタコ、大して好きではないイカの切り身を研究員が目の前に来るのを待って排水ポンプに捨てて見せるタコなど。タコがここまでだとは考えたこともなかった。他には、クラゲのように上下の区別しかない生き物を放射相称動物、人間や犬のような上下に加え左右の区別もある動物を左右相称動物といい、左右相称動物の方が移動に適しているというのは面白かった。ただ、左右の区別があるため移動に適しているというよりは、移動にあたっては前後の区別は不可欠であるため自ずと左右の区別も為される、と考えた方が適切なのではないかとも思った。そんなこと言わなくても分かってますね、無粋でした失礼。

進化の歴史における2つの重要な内面化も興味深い。1つ目の内面化は外界の様子を察知して自らの細胞間で情報伝達をする神経系、2つ目の内面化は我々人間も頻繁に行うことであるが、頭の中で独り言を繰り返して複雑な思考を進めていくといった言語(この辺の話については言語は複雑な思考のために不可欠なものであるとするヴィゴツキーの説と、言語は不可欠なものではなく、我々が持っているのは全てホワイトノイズのようなものに過ぎないというヒュームの説が対立する)。興味深い。

従来、神経系を発達させて学習という営みをしていく動物は長寿であることによって学習効果と生存可能性を共に伸ばしていくという相乗効果が狙えそうなものであるが、タコやイカといった頭足類がその神経細胞の量に対して寿命が1,2年と非常に短いのも興味深かった。

自分の興味深い点はザッとこんな感じでした。こんなに愛らしいタコだけど祭になるとテキ屋のおっちゃんに焼かれてるの、なんか可哀想ですね(そしてこれからも俺はたこ焼きを食べ続ける。R.I.P)。