辣油の四方山記

現代を生きる若造の主に読書記録。その他の事も書くかもしれない。

#36 『赤と黒』感想

スタンダール赤と黒新潮文庫

今回はスタンダールの『赤と黒』です。自分は文学を真面目に勉強しているわけではないので詳しくないですが、前半は不倫文学というやつなんでしょうかね。そんな言葉あるのかな。名前しか知らないですがフローベールの『ボヴァリー夫人』もそうなんですかね。私は恋愛が絡む小説が苦手でならない。恋愛が絡むだけでつい舌打ちが出てしまう。恋愛が嫌いと分かった瞬間大体3割くらいの小説は嫌いということになってしまうんだろうか。仮にそうだとしても実害は余りないので雑談はこの辺にして本題。

この作品の主人公はジュリアン・ソレルという若者。田舎の材木屋生まれだが記憶力と容姿に優れ、ラテン語が堪能なためヴェリエールの町長レーナル家の家庭教師となる。このレーナル家の夫人(レーナル夫人)と不倫関係となってしまうことからこの話が始まる。レーナルの屋敷では、基本的にジュリアンがレーナル夫人を手懐け、手綱を引いていたのだが、あることをきっかけにブザンソンの神学校へ入学させられることとなる。文学に内容の面白さを求めるべきではないと思うのですが、個人的に面白いと思ってるのはこの辺からなんですよね。今までの場面は全てヴェリエールという地方の片田舎だったのに急にブザンソンという都会に変わる。ブザンソン最初の出来事もカフェでウェイトレスに好かれるという何とも軽快なもの。ここからノッてくるんですよ。実際ではどういう分かれ方をしているのか分かりませんが、私が読んだ新潮文庫版では上下巻がそれぞれ第一部と第二部となっており、私は第二部からが本番だと思っている。第一部は言ってしまえば田舎やブザンソン神学校でのジュリアンの暗い下積み時代。しかし第二部はジュリアンの野心を大都会パリで成功させていく出世の物語。こっちの方が面白いですよね。

材木屋の役に立たない息子だったジュリアンはラテン語を解していても材木屋では役に立たない。それが町長レーナルの家庭教師となったかと思うとパリに出たらラ・モール侯爵に見込まれて側近となった。ジュリアンの出世において重要な役割を演じたのがこのラ・モール侯爵であった。ジュリアンは、毎晩痛風で動けない侯爵の話し相手となる役割を任され、見事に侯爵の退屈を凌ぐどころかとても楽しませる。小説の世界であるが出世のチャンスはどこに転がっているか分からないものです。目まぐるしく展開される出世物語に胸踊らせないことがありましょうか。いやあこの辺は楽しいんです本当に。いつの間にかジュリアンは貴族の一員の様になっていた。しかもラ・モール侯爵の娘マチルド嬢も彼へ関心を示し出した。嘗て彼は社交界の貴族全てを憎んでいたのに、マチルド嬢の存在は彼にとっては別だったと言える。マチルドは容姿端麗で才気に溢れ、勇気もある女性だったがその分男勝りでじゃじゃ馬でもあった。しかしジュリアンはマチルドに侮辱されながらも何とかマチルドの気に入り、二人は愛し合った。やがてマチルド嬢とは恋が終わるように見えたが何だかんだで続いていく(感情の起伏が事細かにしるしてあるので大部分割愛)。先ほど愛し合ったというふうに言ったが、正確には半分しか合っていない。互いに愛しつつも軽蔑し合っていたという方が正確だろう。マチルドはジュリアンを愛しつつも身分の低い男を好きになってしまったという負の感情もあり、相手を見下していた。ジュリアンはマチルドの溢れる才気に魅了されつつも貴族の女から好かれているという優越感に浸っていた。ジュリアンが身分の高い女から好かれることで優越感に浸るのはこれが初めてではない。レーナル夫人のときもそうであった。しかし対マチルド恋愛と対レーナル夫人恋愛との決定的な違いは、マチルドの方がはるかに自尊心、独立心が強いということである。レーナル夫人はジュリアン100%で依存していたがマチルドは全くそうではない。この手懐けることの難しさがジュリアンを惹きつけたのだろう。遂にマチルドはジュリアンと駆け落ちする。勿論ラ・モール侯爵は激怒したが、マチルド側と侯爵側との駆け引きの中で、ジュリアンはかつての愛人レーナル夫人がラ・モール侯爵に手紙を書いていたことが知れる。その内容はジュリアンの積年の夢、成り上がり、身分の高い人間になること(この一環として貴族の女性を手懐けるというのもあったのだろう)を崩し兼ねないものだった。夢が叶うと思われた直前に崩されたのだ。これにジュリアンは激怒し、昔懐かしいヴェリエールを訪れ、ミサ中に祈っているレーナル夫人を背後からピストルで撃った。彼には斬首刑が決まり、牢屋に入れられた。彼にとってレーナル夫人は死ななければならなかった。しかしレーナル夫人は一命を取り留め、日に日に快方に向かっているということまでがジュリアンに知らされた。彼は絶望したが、絶望の中でマチルドが牢を訪れるようになり、やがて夫人までもが彼を訪れた。この時、私はこのレーナル夫人を異常な存在だと思った。彼女はジュリアンに撃たれたことを一切憎んでいないのだ。夫人は、ジュリアンがヴェリエールを離れ、ブザンソンの神学校、ラ・モール侯爵邸と渡り着々と名声を勝ち得ようとしていた間、恐らく片時もジュリアンのことを忘れてはいない。そして自分がジュリアンを愛するという人の道に外れた行為とその罪悪感を払拭するためにジュリアンに殺されたいとすら思っていた。そう思っていた折にジュリアンがピストルで自分を撃ったのである。全くどうかしている。刑の数日前からジュリアンの心にはレーナル夫人しかなかったといってもよい。この時には恐らくマチルドの存在は小さくなっていよう。ジュリアンの葬式にはマチルドが出席し、彼女は墓を立派に作った。しかしレーナル夫人はジュリアンが死んだ3日後に3人の子供を抱きながら死んだ。

色々と納得いかない。ジュリアンと共にあるのはレーナル夫人だとでも言うのか。あれだけジュリアンは出世に目がくらみマチルドに惹かれていたというのに。この作品について深く考えるのは頭が疲れそうなので考えない。

初め、私はこの作品について一種嫌悪感を感じていたが、今ではこの作品は、実力ある若者の立志と恋、そして破滅までを巧みに描いたものに思える。しかし、細かい描写が多過ぎるようにも感じる。ああまで細かい描写をするのであれば谷崎潤一郎のように短く簡潔であるべきだとも思うが、出世を長く描くのであれば長くなるのもやむを得ないのかもしれない。