辣油の四方山記

現代を生きる若造の主に読書記録。その他の事も書くかもしれない。

#18 『潮騒』感想

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三島由紀夫潮騒』 新潮文庫

本は今年一杯読まないつもりだったんですが昨日の「文字禍」といい欲望の制御が効かなくなってきました。参りました。

少し最近の話をします。私は最近澁澤龍彦という仏文学者の存在を知り、色々調べていました。これが調べていく内にトンでも無く面白い考えを持った人なのでは、と思うようになり、図書館などで著作を探しているんですが本当に見つからない。どういうことだ。しかも出版されたのが結構昔なので今も新品在庫があるか分からない。神保町は探したがどうしても探しきれないところがある。結局そういう訳で近くの本屋で在庫検索掛けて貰おうと思っているのですが題名が題名なだけになかなか店員に声をかける勇気が出ないのです。だって「エロティシズム」「エロス的人間」ですよ?こんなんどうすりゃええのや、と思ってたら仲の良い友人がバイトしているので彼に頼もうと思っています。彼が調べてくれることを願うばかりです。ていうか連絡さっき来てましたけど在庫無いらしいですね。笑う。ということで私は何回神保町に行けば欲しい本を買えるのか。もう一つ、澁澤龍彦に関して。自分は中学時代美術部に所属していたのですが、その時部室にあった画集をよく読んでいました。そこで自分がハマったのがシュールレアリスムでした。発端となった作品はルネ・マグリットの「ピレネーの城」。荒地に浮かんでいる大きな岩の上に城が建っているという作品。こんな世界があるのかと驚いてしまって10分くらい見入っていたんじゃないですかね。そのシュールレアリスムの繋がりでベルメールという人形作家の存在を知りました。私が画集で見たのは奇妙に生々しい人間の下半身同士が繋がっている作品。これです。

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初めて見た当時は凄く不安になりました。なるでしょ?俺はなった。そして今、澁澤龍彦について調べていく内に、どうやら彼の書斎にも置いてあったらしい写真を見つけました。ソースは何も無いので何の参考にもなりませんが。しかし私が中学一年の時に惹かれたものが時間を隔てて再び自分の前に現れてきたわけで、私はまた不安になりました。そもそも彼もサド研究の学者ですしシュールレアリスムを好むのも分かりますから結局同じような場所をウロウロしていたのは私の方だったというわけですかね。それにしても嫌なタイプの再会です。まあそろそろ本題。

この本は歌島という小さな島に暮らす若い青年新治と島一番の金持ちの娘、初江との恋愛が成就するまでの話を描いたものです。何というか、こんなこと滅多に無いんですが、一日で読み切ってしまいました。というか一日で読み切らないと居ても立っても居られなくなる。次の展開が気になって仕様がないんですね。二人の恋がまた安夫に邪魔されてしまうのでは、と心配になる。自分は三島由紀夫の作品が大好きなのですが、彼の別の作品には"張り詰めた美への執着"みたいなのがあって読んでいると少し疲れてくるんですね。「金閣寺」とか特にそうでした。研いだ後の刃物みたいな。でも「潮騒」は弛んだ毛糸みたいな感じですかね。飽くまで僕のイメージですしガンつけられても困るのでやめて下さい。しかしまあ無事に恋愛が成就して良かったというモンです。私にとっては無事ではないのですが。三島先生の狙い通りと言ってしまえばそうなのかもしれませんがその通りなのかもしれませんがそれが問題なのですよ。ずっと安心して二人の恋愛を眺めてきたのに最後の締めの部分が悩ましい。

少女の目には矜りがうかんだ。自分の写真が新治を守ったと考えたのである。しかしそのとき若者は眉を聳やかした。彼はあの冒険を切り抜けたのが自分の力であることを知っていた。

最後、二人の結婚が決まった後の話です。初江は船乗りである新治に写真をお守り代わりに渡していたのですが、この記述はどういうことなのか。流れで考えても二人の意見の不一致などを描くようには到底思えない。"あの冒険"というのは直前の、彼女の心情を表す文章から考えて、新治の船旅のことを指すのか。それとも初江と共に困難を乗り越えて成就した恋愛のことを指すのか。私は前者の"船旅"の方だと思っています。なんとなく。となるとこの時新治の、写真への感謝は薄いということに繋がるでしょう。それは初江の「私が新治を支えた」という意識と新治の「俺は自力で乗り切った」という意識とで食い違うことになります。恋人としての初江の矜りは分かる。大いに分かる。しかし新治は船旅の中で恋敵安夫に対する勝利を確信したことで得た行き過ぎた自信が彼にそうさせているのだろうか。物語序盤で我々に見せたような純真無垢な彼は、恋愛を取り巻いている困難を経て成長し、そうして付いた自信によってどう変化したのか、初江はその変化に気付いているのか、そもそも私の考えは全て外れており全く別のことが描写されているのか。三島由紀夫が何を書きたかったのかは分からないが、ともかく波風が立ちそうである。

文学は難しい。