松風の四方山記

現代を生きる若造の主に読書記録。その他の事も書くかもしれない。

#10 『明日』感想

f:id:sykykhgou:20160329134141j:image魯迅阿Q正伝狂人日記』 岩波文庫

今回も魯迅「明日」という作品です。この作品では病気になってしまった宝児という赤子とその母親の単四嫂子の所謂シングルマザー家庭の話が主になっています。この家庭というのはかなり生活に苦しい状態であり、母親は常に家で糸を紡いでいるのですが、このような辛い状況の中で宝児が病になってしまうのです。そして病院に連れて行き薬を飲ませるも、敢え無く帰らぬ人となってしまう、というものです。昨日から4作品程読んでいますが魯迅の作品には必ずと言って良い程薬が出てきて、且つ必ずと言って良い程効かないんですよね。今までの作品が作られた背景から言ってまずこの効かない薬というのは儒教を象徴しているのでしょう。そしてそれによって助からない人の命。魯迅儒教に対しどのような、どの程度の憤りを感じていたのだろうか。

この作品にもそうだが、魯迅作品によく出てくる茴香豆という食べ物が気になった。f:id:sykykhgou:20160329134101j:imageこれが茴香豆らしい。またこの作品の舞台の村である魯鎮はここにある。f:id:sykykhgou:20160329134242p:image以前読んだ「栽培植物と農耕の起源」にも記述があったが、この辺りは照葉樹林文化圏であるので、豆食がある程度発達しているのだろう。これよりも南に行くと段々芋を核とする根菜農耕文化センターがある。横道にそれたが個人的には非常に楽しい。
この作品を読む中で一つの作品がどうしても頭から離れない。それは谷崎潤一郎「母を恋うる記」である。作品の首尾を貫くうら寂しさ、読んだ後に残る早朝の様な静寂、青のイメージ、舞台になった場所、情景が違うのにここまで似るのか。まだ似ている点はある。それは死を以って母親と息子が隔てられるというもの。「母を恋うる記」では母の死、「明日」では息子の死を以ってしている。しかし完全に似ているわけではなく、前者の谷崎作品では静けさのある死への悲しみ、後者の魯迅作品では自分の核になり得る様な大切なものを失った慟哭が描かれていよう。悲しい雰囲気でこの文章を締めるのは自分が辛いので最後は滑稽な話題で終わりたい。
先程の両者は若干違うとはいえ、私の尊敬している先生が以前仰っていた、人間の想像力の乏しさも感じられると思った。個人的には感慨深い作品になった。
広告を非表示にする